大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)8182号 判決

原告

株式会社紙ムトウ

右代表者代表取締役

武藤八洲男

右訴訟代理人弁護士

高西金次郎

被告

破産者紀之印刷株式会社破産管財人

比佐守男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主位的請求

原告が、別紙売買一覧表記載の破産者紀之印刷株式会社(以下「破産会社」という。)に対する売買目的動産の売買代金債権に基づき、同表記載の破産会社の大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)に対する売買代金債権につき先取特権(物上代位)を有することを確認する。

二予備的請求

被告は原告に対し、金二六〇万一〇五〇円及びこれに対する平成二年一二月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  原告と破産会社は、昭和四〇年頃から、破産会社が大日本印刷に納入する封筒の製造を原告に注文し、原告は右封筒を製造して破産会社に販売し(ただし、納品は破産会社から直接大日本印刷に対して行う。)、代金は毎月末日締切り翌月末日払いとする継続的封筒供給契約を締結し、取引を継続してきた。

2  原告は、右契約に基づき、別紙売買一覧表記載のとおり、合計二六〇万一〇五〇円相当の封筒を破産会社に売り渡し、破産会社は、同表記載のとおり、右封筒を代金合計二九七万一二〇〇円で大日本印刷に売り渡した。

3  原告は、平成二年五月三〇日、東京地方裁判所に対し、破産会社に対する右売掛代金債権を被保全権利として、破産会社の大日本印刷に対する売掛代金債権二九七万円(以下「本件債権」という。)につき仮差押命令を申請し(平成二年(ヨ)第一九九四号事件)、同日仮差押決定を得て、同決定(以下「本件仮差押」という。)は同月三一日第三債務者である大日本印刷に送達された。

4  破産会社は平成二年六月五日東京地方裁判所において破産宣告を受け(同年(フ)第三四〇号破産事件)、被告が破産管財人に選任された。

5  大日本印刷は、右破産宣告前である平成二年六月一日破産会社の大日本印刷に対する売掛代金債権が宮本幸夫に債権譲渡された旨の通知を受けたため債権者を確知できないとして、同月二九日、仮差押債権額に相当する二九七万円を東京法務局に供託した(〈証拠〉)(以下、右供託金を「本件供託金」という。)。

6  原告は、平成二年六月二六日、動産売買先取特権に基づく物上代位権の行使として、被告を相手方として本件債権の差押命令を申請したところ(東京地方裁判所平成二年(ナ)第一〇四九号事件)、同年八月三一日差押命令が発せられ、同命令は、同年九月五日第三債務者たる大日本印刷に、同月一〇日被告にそれぞれ送達された(〈証拠〉)。

7  被告は、宮本幸夫と交渉して、平成二年七月一一日、本件供託金の還付請求権は破産会社に帰属する旨の同人の確認書を得たうえ、本件仮差押は破産法第七〇条の規定により破産財団に対してはその効力を失ったことを理由に、同月一二日、東京法務局から供託金二九七万円全額の払渡しを受けた(〈証拠〉)。

8  原告は、平成二年七月四日、本件訴訟を提起するとともに、前記破産事件につき、破産会社に対して七〇三万九九二九円の破産債権を有し、そのうち二六〇万一〇五〇円については先取特権がある旨の債権届出をした(〈証拠〉)。

二争点

1  原告の主張

(一) 原告は、別紙売買一覧表記載の破産会社に対する売買代金債権に基づき、本件債権につき動産売買の先取特権(物上代位)を有するので、その確認を求める。

(二)(1) 債権仮差押命令が発せられた場合、債務者は、第三債務者から弁済を受けることができないだけでなく、仮差押債権の上に先取特権が存するときには、その先取特権を保存する義務があるのであって、債務者が破産宣告を受けた場合であっても、破産管財人は、債務者と同じ法的義務を遵守すべき立場に立つのであるから、仮に破産法第七〇条の規定によって仮差押が破産財団に対してはその効力を失ったとしても、先取特権を消滅させる権能を有しないし、先取特権が当然に消滅するものでもない。

(2) 本件においては、原告が本件債権の上に動産売買の先取特権(物上代位)を有することは明白であり(原告は、前記破産債権の届出をし、本件訴訟を提起するとともに、その頃被告に対し、原告が本件債権の上に先取特権を有し、その行使のための手続を行っているので、適切に取り扱われたい旨の申入れをしている。)、破産管財人たる被告としては、右先取特権を侵害することは許されず、本件供託金の払渡しを受けたことを理由に右先取特権が消滅したと主張することは許されない。

(三) 仮に先取特権が消滅したとすれば、被告は、故意又は過失により原告の先取特権を侵害し、原告に対しその有した優先権の額に相当する二六〇万一〇五〇円の損害を被らせたのであるから、これを賠償すべき義務がある。

2  被告の主張

(一) 本件債権は、被告が本件供託金の払渡しを受けたことにより消滅した。したがって、原告の主位的請求は、既に存在しない債権の上に先取特権を有することの確認を求めるものであって、過去の法律関係の確認を求めるものにほかならず、訴えの利益を欠くというべきである。

(二) 被告が本件供託金の払渡しを受けた当時、本件債権の上に原告の先取特権が存することが明白であったとはいえない(原告から電話で先取特権がある旨の申出があったのは事実であるが、それは単に先取特権があるというだけで、その詳細の説明や疎明資料の送付などはなかった。また、前記破産事件における債権届出期間は平成二年七月二〇日までであって、被告が裁判所から破産債権の届出書を受領したのは同月二一日以降のことである)。

(三) 破産財団を構成する財産の中に先取特権の目的となっているものがあったとしても、破産管財人には先取特権を保存すべき法律上の義務はなく、むしろ総破産債権者のためにこれを迅速に換価して早期に配当手続をすることが法律上要請されているのであって、このような破産管財人の行為が先取特権の侵害になるとすれば、破産管財業務の遂行は事実上不可能となる。

第三争点に対する判断

一主位的請求(先取特権の存在確認請求)について

1  金銭債権につき将来における強制執行を保全する目的でされた仮差押は、先取特権に基づく物上代位権行使の要件である「差押」(民法第三〇四条第一項)に当たらないものと解するのが相当である。けだし、民事執行法第一九三条第一項後段によれば、先取特権に基づく物上代位権の行使は債権及びその他の財産権を目的とする担保権実行の手続によるものとされ、その場合の担保権実行の手続は、担保権の存在を証する文書が提出されたときに限り、執行裁判所の差押命令によって開始されるものとされているのであって(同条及び同法第一四三条)、被保全権利及び保全の必要性の疎明のみに基づいて発せられる仮差押命令をもってしては、右差押命令に代わるものということができないのは勿論、これを保全する効力も認めることができないからである。したがって、動産売買の先取特権に基づく物上代位権行使のための差押は、転売代金債権に対する差押の方法によるべきであって、仮差押の方法によることはできないものというべきであるし、右転売代金債権について強制執行保全のための仮差押がなされた後に債務者が破産宣告を受けた場合には、破産財団に対しては右仮差押の効力が失われる結果(破産法第七〇条第一項本文)、右転売代金債権につき第三債務者による弁済又は破産管財人による債権譲渡等の処分が行われる前に、改めて破産管財人に対して先取特権に基づく物上代位権行使のための差押をしない限り(債務者の破産宣告後に右のような差押ができることについては、最高裁昭和五六年(オ)第九二七号同五九年二月二日第一小法廷判決・民集三八巻三号四三一頁参照)、破産管財人に対して優先弁済権を主張できないものというべきである。

2  これを本件についてみるに、前記事実関係に照らすと、本件仮差押は、原告の破産会社に対する売掛代金債権を被保全権利として、将来における強制執行を保全するためにされたものであることが明らかであるから、破産法第七〇条第一項本文の規定により、破産財団に対してはその効力を失ったものといわなければならない。したがって、被告が、宮本幸夫との間で本件供託金の還付請求権が破産会社に帰属することの確認を得たうえで、平成二年七月一二日本件供託金の払渡しを受けたことにより、破産会社の大日本印刷に対する本件債権は弁済により消滅したものというほかはなく、原告が本件債権の上に有していた先取特権に基づく物上代位権も消滅に帰したというべきであるから、その後に発せられた物上代位権の実行手続としての本件債権の差押命令は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。

3  原告は、破産債権の届出及び本件訴訟提起に伴い「原告が本件債権の上に先取特権を有し、その行使のための手続を行っているので、適切に取り扱われたい」旨の申入れを被告に対して行っており、原告が本件債権の上に動産売買の先取特権(物上代位)を有することは明白であるから、破産管財人たる被告としては、右先取特権を侵害することは許されず、本件供託金の払渡しを受けたことを理由に右先取特権が消滅したと主張することは許されない旨主張する。

しかしながら、破産者、債権者その他の関係人の個々の利害から中立を保ちつつ総債権者のために公平かつ迅速に破産手続を追行し、破産者の財産の管理処分権に基づき、破産財団に属する財産を確保し、これを適正に換価処分して、平等な配当を行うべき破産管財人としては、本件仮差押が破産財団に対して効力を失い、本件供託金の払渡しを受けることに法律上の支障がなくなった以上、速やかにその払渡しを受けて配当財産を確保することは、その職責上当然のことである。また、動産売買の先取特権は、目的動産に対する追及力を欠き、目的動産が第三取得者に引き渡されたときは最早これに及ばないものであり、先取特権者は第三取得者への譲渡・引渡を阻止する権利を有しないという意味において、弱い担保権であるし、公示の方法が十分でないため他の債権者や取引関係者の利益を害する虞が強いことも否定できないところであるうえ、債務者の倒産という事態のもとでは、目的動産が転売されているか否か、転売代金が既に回収されているか否かという偶然の事情によって、先取特権に基づく優先権の存否が左右され、かえって不公平な結果を招く虞もあるのであって、かかる事情をも考慮すると、原告から本件債権の上に先取特権を有する旨の申入れがあったからといって(なお、弁論の全趣旨によれば、前記破産事件における債権届出期間は平成二年七月二〇日までであったことが認められるから、原告からその主張のような破産債権及び優先権の届出があったことを被告が了知したのは、右届出期間満了後であったものと推認される。)、そのことから直ちに被告に右先取特権を保存すべき法律上の義務があるということはできず、したがって、被告が本件先取特権の消滅を主張することが許されない旨の原告の主張は採用することができない。

4  以上の次第であって、原告が本件債権の上に有していた先取特権(物上代位)は存在しないことが明らかであるから、その確認を求める原告の主位的請求は理由がない。なお、被告は、右請求は過去の法律関係の確認を求めるものであり、訴えの利益を欠くと主張するが、請求の趣旨から明らかなように、右請求は、右先取特権が現に存在することの確認を求めるものであって、過去の法律関係の確認を求めるものではないから、被告の本案前の抗弁は採用することができない。

二予備的請求(不法行為による損害賠償請求)について

被告が本件供託金の払渡しを受けたために原告の先取特権が消滅したことは右にみたとおりであるが、被告の右行為が破産管財人としての善管注意義務に違反するものではなく、違法といえないことは、右に説示したところから明らかである。したがって、原告主張の不法行為は成立しないものというほかはないから、右予備的請求は理由がない。

(裁判官魚住庸夫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例